オーケストラのモックアップ実践⑧:弦楽器(ストリングス)の打込みテクニック・ロングノート編
こんにちは、OTOxNOMA認定講師・作曲家の吉岡竜汰です。
今回からは、弦楽器のモックアップ実践テクニックについて解説していきます。
例によってまずはロングノート系フレーズのモックアップからご説明していこうと思います。
- ロングノート系フレーズのモックアップ5ステップ
- モックアップ5ステップのポイント
オーケストラの中心とも言える弦楽器セクション。
そんな弦楽器を高いクオリティで打込むことができれば、あなたのオーケストラサウンドはまた一段とパワーアップすることでしょう。
管楽器と同じく丁寧なエディットがキモとなりますので、じっくり学びながら実践していきましょう!
オーケストラのモックアップ実践⑧:弦楽器の打込みテクニック・ロングノート編
ロングノート系フレーズのモックアップ5ステップ
管楽器同様、弦楽器でも以下の5ステップで解説していきます。
- フレーズをベタ打ちする
- ベロシティを調整する
- デュレーションの調整
- エクスプレッションで抑揚をつける
- 必要に応じてレイヤーしてサウンドを充実させる
管楽器と共通する部分が多いものの、弦楽器ならではの考え方・テクニックもたくさん登場します。
弦楽器の特徴をおさえながらリアルなサウンドに仕上げていくためのポイントが目白押しですので、1つずつ順をおって攻略していきましょう。
まずは、ベタ打ちしただけの音源と完成版音源をご用意しましたので聴き比べてみましょう。
ベタ打ち
モックアップ済み
音楽的な表現、説得力が格段にアップしたのがお分かりいただけると思います。
この状態に至るためのステップをじっくり解説していきます。
ステップ1:フレーズをベタ打ちする
まずは一通りフレーズを打込んでいきましょう。
例によって、グリッドジャストぴったりで正確に打込んでしまって問題ありません。
ちなみに、管楽器の場合はベタ打ちの後発音タイミングをバラつかせるステップがありましたよね。
ストリングスセクションではこの作業は行いません。
その理由は、オーケストラの弦楽器は原則として複数人での演奏となるからです。
金管の打込みにおけるユニゾン音源の取扱いの記事でも触れましたが、ユニゾン音源を使用している状態で発音タイミングをバラつかせてしまうと、複数人の奏者が全く同じズレ方をすることになりかえって不自然になってしまいます。
ですから、ストリングスセクションにおいても同様の考え方(=グリッドジャスト)で打込むと考えていただいて問題ありません。
ステップ2:ベロシティを調整する
次に、ベロシティを調整していきます。
といっても、やることは非常にシンプルです。
弦楽器のロングノート系フレーズを打込む際には、ベロシティは一律の値で統一してしまいましょう。
そんなことしたら機械的で不自然な打込みになってしまうんじゃ・・・?
そう感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、その心配はありません。
弦楽器の場合、ベロシティに相当するパラメータは弦を擦り始めた最初のタイミングだけに適用される概念です。
したがって、ロングノート系フレーズ、とくにレガートやスラーなどひと弓で演奏するフレーズの場合、常に音が滑らかに繋がって演奏されるため、ベロシティという概念そのものが存在しないのです。
デタシェ奏法のように毎回弓を返す場合はさておき、弦楽器のロングノート系フレーズは原則としてベロシティを一定に保ち、強弱はエクスプレッションで表現する方が本来の演奏に近くなります。
ベロシティが不揃いな状態で打ち込んだ例
ベロシティを揃えて打ち込んだ例
ベロシティは高めの値で統一するのがオススメ
弦楽器のベロシティを設定する際におすすめなのが、100〜110程度の高めに統一するということです。
ストリングス音源のベロシティを上げ下げしてみると、低めのベロシティほど極端に音の線が細くなり、同時に音の立ち上がり(アタック感)も弱まっていくことがお分かりいただけると思います。
このように、低いベロシティで再生される弱々しい音色は、レガート系フレーズを打込む上で難がある場合が多いのです。
理由としては以下の2点です。
- 音色の細さ:充実したサウンドを得にくい
- アタックの遅さ:滑らかなレガートを実現しにくく、素早いフレーズに対応できない
もちろんそのような音色が欲しい場合はこの限りではありませんが、基本は高めのベロシティで統一した上で、エクスプレッションを使って強弱をつけた方が自然な仕上がりになるでしょう。
弱いベロシティでの演奏
高いベロシティでの演奏
ステップ3:デュレーションの調整
次に、デュレーションの調整をしていきましょう。
レガート系のフレーズならば、やはりレガート対応音源を用いるのが最もオススメです。
ただし、弦楽器は複数人で演奏するパートということもあり、レガート音源なしでもそれなりに滑らかなサウンドを得ることはできます。
先行するノートの末尾と次のノートの頭を被せることで、それぞれのつなぎ目を滑らかに接続することができるのです。
ノートを被せることで擬似的なレガートを表現した例
また、レガート以外の部分に関しては、管楽器のようにタンギングによって一瞬音が途切れるということもありませんので、明確な休符を設けたい部分以外ではあえて隙間を作らなくても問題ありません。
明確な休符を設けた例
つまり、以下のような形になります。
- レガート:先行するノートの末尾を次のノートの頭にかぶせる
- それ以外:明確な休符を作りたい場合を除いては隙間を作らなくてOK
なお、弦楽器は演奏の際にブレスをする必要がないため、それなりに長めのフレーズでも演奏は可能となっています。
ただし、管楽器とタイミングを揃えるために一緒にブレスをしながら演奏するということはよくあります。
したがって、管楽器がどのようなフレーズを演奏しているのか、どのタイミングでブレスを揃えるべきかを念頭に置きながらフレージングを考えるとより本物のオーケストラに近づいていくことでしょう。
ステップ4:エクスプレッションで抑揚をつける
次に、エクスプレッション(CC#11)で抑揚をつけていきます。
弦楽器のエクスプレッションを書く上で意識したいポイントは以下の4点です。
- フレーズ末尾はしっかり減衰させる
- フレーズはじめはふんわり膨らませる(アクセント以外)
- 耳の錯覚に注意する
- 不慣れなうちは過剰に書きすぎない
1つ目と3つ目のポイントについては木管楽器のモックアップ解説記事にて触れたものと同じ考え方となります。
したがって、残りの2点について重点的に解説していきます。
フレーズはじめはふんわり膨らませる(アクセント以外)
弦楽器は管楽器に比べて、音の立ち上がりがふんわりと柔らかくなる傾向があります。
アクセントをつけたい場合などアタック感を強調したい場合はこの限りではありませんが、原則としてフレーズ冒頭のエクスプレッションはふんわりとした山を描くイメージで書き込んでいくのがオススメです。
この処理を行ったことで、音の立ち上がりこそ柔らかい印象になったものの、出だしがやや遅れて聞こえるようになってしまいました。
その場合は、ノートのデュレーションを手前に伸ばし、発音タイミングを早める方向で調整するのがいいでしょう。
これで、柔らかいニュアンスを出しつつ、タイミングもぴったり揃って聞こえるようになりましたね。
不慣れなうちは過剰に書きすぎない
本来ならば、フレーズに伴う細かい抑揚をエクスプレッションで表現することが理想です。
しかしながら、この作業に不慣れなうちは過剰に書き込んでしまうとかえって不自然になってしまうこともよくあります。
したがって、不慣れなうちはフレーズの頭と末尾のエクスプレッションだけを丁寧に書くことだけに集中しましょう。
過剰に書きすぎて不自然な抑揚になった例
フレーズ頭と末尾のみしっかり書き込んだ例
さらに耳の錯覚を踏まえたエクスプレッションも書き込んだ例
上記の点をしっかり実践した上でさらに自然な抑揚をつけたい場合は、フレーズを歌ってみて気持ちよく歌える強弱をみつけていきましょう。
弦楽器の場合、ボウイング(運弓)に伴う抑揚を意識することでさらに自然な仕上がりになります。
弦楽器の演奏に伴う細かなエクスプレッション表現については、以下の記事で詳しく解説していますので合わせてご活用ください。
ステップ5:必要に応じてレイヤーしてサウンドを充実させる
最後に、必要に応じてサウンドをレイヤーして(=重ねて)充実したサウンドを作っていきましょう。
複数の音源を組み合わせることで、より完成度の高いサウンドを作っていくわけですね。
とはいえ、闇雲に重ねてもいい結果にはなりません。
どの音源を、どんな目的で重ねるのか?
それを明確にした上で、適切な音源を選んでいきましょう。
以下の3つの役割で考えると効果的です。
- レイヤー1(メイン音源):クセがなく扱いやすい音源
- レイヤー2(サブ音源):オーケストラらしい重厚な響きが得られる音源
- レイヤー3(補強音源):特定のアーティキュレーションを再現するための音源
順番に解説していきますね。
レイヤー1(メイン音源)
メイン音源には、クセがなく扱いやすい音源を選びましょう。
具体的には以下のような特徴を持った音源です。
- 挙動が素直でどんなフレーズにも難なく対応できる音源
- 音像が明瞭で演奏ニュアンスを出しやすい小編成の音源
- 動作が軽く作業がスムーズに進められる音源(可能なら)
■ 挙動が素直でどんなフレーズにも難なく対応できる音源
最初のポイントとしては、挙動が素直であることが挙げられます。
極端にアタックが強すぎたり(弱すぎたり)、エクスプレッションやベロシティによる強弱変化にクセがある音源はエディットの手間が増えるばかりか不自然な仕上がりになってしまうことも少なくありません。
鍵盤でフレーズを手弾きした際にストレスなく演奏できる音源であれば、おおよそ問題ないでしょう。
逆に、どうも演奏しにくい、イメージ通りに弾けないといった音源は避けた方が無難です。
ここで注意しておきたいのは、挙動が素直な音源ほどサウンドも淡白であることが多い点です。
音自体が淡白なため、これ単体では物足りなく感じてしまうこともあるかもしれません。
しかし、それで良いのです。
音色的な弱点はレイヤー2以降で補っていきますので、ここはとにかく「素直」であることに重きを置いて選びましょう。
挙動にクセのある音源を使って打込んだ例
画像の通りしっかりエクスプレッションを書いているにも関わらず、変化が感じにくい素直ではない挙動をしているのがお分かりいただけますでしょうか?
下に掲載している、挙動の素直な音源を使って打込んだ例とぜひ聴き比べてみてください。
挙動な素直な音源を使って打込んだ例
■ 音像が明瞭で演奏ニュアンスを出しやすい小編成の音源
続いてのポイントは音像が明瞭であることです。
要は、フレーズのラインがくっきりと鮮明に聞き取れるということですね。
このような音源を使うことで、分厚いオーケストラの中でも細かいニュアンスをしっかり聴かせることができます。
オススメは小編成のストリングス音源、中でもチェンバー(室内楽)編成のものが一番バランスよく、扱いやすい音源となっています。
目安としては1stヴァイオリンの人数が最大で8人程度の人数感の音源で、オーケストラの編成でいうと1管編成がそれに該当します。
以下の音源を聴き比べてみてください。
大編成の音源よりも、小編成の音源の方が明瞭なサウンドを持っていることがお分りいただけると思います。
小編成のストリングス音源
Vienna Chamber Strings(ヴァイオリン6人)の音源による打込みです。
大編成のストリングス音源
EastWest Symphonic Orchestra(ヴァイオリン16人)の音源による打込みです。
金管のようにソロ音源をレイヤーするテクニックもありますが、弦楽器のソロ音源は扱いが難しく、ユニゾン音源と馴染ませるには相応のテクニックを必要とします。
そのため、初心者はまず室内楽規模の音源を選ぶことをオススメしています。
■ 動作が軽くスムーズに作業が進められる音源(可能なら)
マストではありませんが、なるべく動作が軽い音源が理想です。
オーケストラ音源はハイエンドなものほど負荷が大きくなります。
ただでさえ多数の楽器を扱うオーケストラですから、動作の重い音源を使うとストレスを抱えながら作業することにもなりかねませんので、できる限り動作の軽い音源を選択するとよいでしょう。
記事執筆時点でのオススメ音源は以下の通りです。
Vienna Chamber Strings
当記事執筆時点で販売されているストリングス音源の中でも、動作の軽さと音のクオリティがハイレベルにまとまった貴重な音源です。
特にレガートの自然さは他の音源ではなかなかないものを持っています。
その上全体的なサウンドもクセが少なく、非常に扱いやすい音源です。
発売からかなり時間が経過している音源ですが、僕も未だに活用しています。
今回の解説で使っている小編成ストリングスの音源もこちらを使用しています。
KONTAKT factory library VSL Strings
Native Instrumentsから出ている総合音源KONTAKTの中に含まれているストリングス音源です。
こちらは奏法の充実度などで見ると、上のVienna Chamber Stringsに様々な面で劣ることは否めません。
ですが大量の音源が収録された中の1つとしては十分なクオリティを持っていますし、動作の軽さはViennaよりもさらに軽く、非常に快適に扱うことができます。
実は「VSL(=Vienna Symphonic Library)とあるように、使っているサンプル自体はViennaと同じもののようです。
収録しているサンプル数の大幅カットやレガート機能のオミットなどをした簡易版のような位置付けです。
ストリングスにフォーカスを当ててこの音源を紹介している動画が見当たらなかったため、この音源で作成したデモを聞いてみてください。
レイヤー2(サブ音源)
レイヤー2のサブ音源では、オーケストラらしい重厚なサウンドを得られるものを選ぶとよいでしょう。
金管のユニゾン音源の取扱いの際にご紹介した「ソロ音源+ユニゾン音源」のレイヤリングのうち、「ユニゾン音源」の役割に相当するものと考えてもらえればOKです。
つまり、「ゴージャスさ・重厚さ」を担当する音源ということですね。
レイヤー1でサウンドの明瞭さを、レイヤー2で厚みを出すイメージで重ねていきましょう。
具体的には、以下の2点を意識するとよいです。
- 人数が多く厚みのあるサウンドを持った音源
- 広い音像、広い空間を感じさせる音源
サブ音源でフレーズを打込んだ例
メイン音源とサブ音源を組み合わせて完成させた例
音像や演奏表現の明確さと、サウンドのゴージャスさが両立した仕上がりになりましたね!
レイヤー3(補強音源)
レイヤー3では、特定のアーティキュレーションを再現するための音源を選ぶと良いでしょう。
木管同様、弦楽器の音源にも特定のフレーズ・アーティキュレーションを収録した特化型音源がいくつか存在しています。
このような音源を使うことで、よりリアリティのあるサウンドを実現することができます。
具体的には、ラン(駆け上がり・下がり)やアルペジオなどですね。
当記事執筆時点での代表的な音源をいくつか紹介しておきます。
Orchestral Tools:Orchestral Strings Run
Cinesamples:Strings Run
Red Room Audio:Palette Run & Arps
弦楽器の場合も、やはりラン(駆け上がり・下がり)は表現が難しいため、上記のような音源でカバーしていくことでより高いクオリティを目指すことができます。
打込みでランを作成した例
ランが収録された専用音源を用いた例
まとめ
というわけで、弦楽器のロングノート系フレーズのモックアップについて詳しく解説しました。
基本的な部分は管楽器と共通する点も多くみられましたが、一方で弦楽器ならではの考え方やテクニックも多数存在することがお分かりいただけたと思います。
やはり、楽器の特徴をしっかりと理解した上で、それを忠実に再現することこそがクオリティアップの大条件。
今日の解説を参考に、何度も繰り返し練習しながら技術をモノにしていってください!
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